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蒋琬・・・冷静で”大人な”諸葛亮の後継者 [三国志]

蒋琬は三国志演義ではいつの間にか登場しているイメージがある。諸葛亮の南征に随行したときの
布陣が劉備が陸遜に敗れたときの布陣に敗れたときのものと似ていることを懸念したセリフを
述べているところで、ようやく物語りに登場した感がある。正史の彼のエピソードは興味深い。
彼は劉備が荊州南部を統治下にした時点で出仕しているが、田舎の県令(閑職)で泥酔しているところを
偶然、巡察にきた劉備に見つかり激怒され、彼の才能を認めていた諸葛亮のとりなしでなんとか助かっている。
実は、これと似た話が龐統にも有り、割愛されたのだろう。
蒋琬は諸葛亮の北伐時に首都である成都でその留守を預かった。諸葛亮の「出師の表」の中で信任すべき
臣として名前が挙がっていることからも、諸葛亮の彼への評価の高さが窺える。諸葛亮はかねてより、
「臣に万一が有った場合には後事は蒋琬に」と皇帝である劉禅に伝えていた。諸葛亮死後、人々は動揺したが、蒋琬が常とは変わらぬ冷静な態度で仕事に臨んだので、次第に蜀は落ち着きを取り戻したそうだ。
蒋琬は楊戯が話をしても何も反応しなかったことについて、人がその無礼を指摘しても、「無理に自分に合わせれば、己の意見を曲げることになり、否定すれば、公で私を批判することになるのでそうしたのだ」と述べて取り合わなかった。また、蒋琬のことを「前任者に遠く及ばない。物事に望むのに右往左往している」と批判した者の
こととも「事実その通りだ。」と咎めずに、後にその人物が逮捕されても処罰を重くするようなことをしなかった。
日本の政治家のトップにも見習って欲しい態度である。
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