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向寵・・・出師の表に登場するが演義では出番無し [三国志]

中国後漢末期から三国時代の武将。荊州襄陽郡宜城県の人。叔父は向朗、弟は向充。
叔父の向朗と共に劉備に仕え、牙門将軍 (官職)に任じられた。221年、夷陵の戦いで劉備が大敗した際、向寵の守る陣は全く破られることがなかったという。その後も劉禅のもとで都亭侯、中部督と昇進を続け、近衛兵の指揮を任された。丞相の諸葛亮からもその才能を認められて、中領軍に任じられている。

彼は出師の表の中で「将軍向寵は、性格・行動が善良・公平であって、軍事に通暁しております。
以前試みに任用されまして、先帝(劉備)は彼を有能だとおほめになりました。だからこそ多数の
意見に従って、向寵を司令官に推挙したのです。私の考えでは、軍事の事柄はすべて彼に諮問
なさったならば、必ず陣営内をむつまじくさせて、優劣それぞれしかるべき地位を得ることに
なりましょう」と述べている。

北伐という一大軍事行動。優秀な軍人の大半を投入する必要が有る。自分の不在時にそれなりの
軍事責任者を残しておく必要が有る。
彼はそのような状況下ではおあつらえ向きの人物だったのではないだろうか・

ちなみに彼は演義では出番が無い。夷陵の戦いで彼の活躍を描くのは物語としては冗長という
作者の配慮だろうか。


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